本症例は5,6年前に整形外科で「全頚椎レベルに骨棘が出て」、「老年性変形性頚椎症」と診断されたが施術後に症状がしばらく楽になって、加齢に伴う悪化が見られなく、症状が安定している症例である。

症 例 男性 77歳 無職
初 診 2009年1月6日
主 訴 首から肩にかけての凝り
現病歴 約15年前から頚から肩にかけて凝りを感じたが、思い当たる原因はない。特に首を動かすと症状が増強する。当時は特に治療しなかった。5~6年前に症状が強くなって、D整形外科を受診したら、「骨棘が全頚椎レベルに出て、老年性変形性頚椎症」と言われ、「治るものではなく慢性的だ」と説明をうけて、整形外科では治療しなかった。頚部、腕の痛みやしびれ、運動障害はなく、日中変化も特になかった。 その時から本施術所で大体週に1回鍼灸治療を受けているが大きな改善はなく、 悪化もしていない。毎回治療後に凝り感が楽になって、頚の動きもすこしよくなる。
現症状 頚を動かすと首から肩にかけて、凝りを感じ、頚が動き辛い。痛みや手の痺れはなく、生活に支障はない。
退職前は金属材料の研究職で、顕微鏡を見たり、資料を読んだりすることが多かった。仕事の関係で、57~65歳の8年間オーストラリアで生活をしていた。中学~大学時代にサッカーをやっていた。オーストラリアで8年間毎日ゴルフをやっていた。現在はパソコン作業が毎日1時間程度。 社交ダンスを週に1回(1h)。喫煙,飲酒の習慣はなし。
既往歴 4年前に、検診の血液検査で、PSA値が高かった。細胞生検で前立腺癌が見つかった。(自覚症状はない)。現在は3カ月に1度PSA値を検査して、高かったら(2.4単位以上)、ホルモン剤の注射治療を受けるが、最近の9カ月検査値が正常ですから、注射を受けていない。
診察所見 身長:163.5cm
体重:63kg
脈拍:80回/分
血圧:130/72mmHg
一般状態は良好。筋肉はしっかりとしている。言動は正常。姿勢はよく、歩行も問題ない。首、肩の発赤、腫脹はない、巧緻障害、膀胱直腸障害はない。

頚自動運動:前屈痛は陰性、後屈痛は陰性、後頚部に凝り感がある。左側屈痛は陰性だが、右側頚部に引っ張られる感じが発生し、可動域が若干狭い。右側屈痛は陰性だが、左側頚部に引っ張られる感じは右より強く、可動域が狭いため、左の肩甲骨、肩が連動して挙上する。回旋痛は陰性、右回旋時に左側頚部に引っ張られる感じがある。触覚障害はない。上腕二頭筋腱反射、腕撓骨筋腱反射,上腕三頭筋腱反射、膝蓋腱反射はすべて正常。バビンスキー反射は陰性。

握力:左:22kg 右:19.5kg(若い時から握力は弱いとのこと)、筋の萎縮はない。

圧痛:風池~肩中兪のラインに、C4,5,6レベルで圧痛、硬結(L>R)、肩外兪、肩中兪、肩井の圧痛、硬結(L>R)

診断 本症例は頚から肩にかけてのこり感で、特に頚を動かす時症状が強くなる、頚が動きづらいという自覚症状に加えて、頚部自動運動:後屈痛は陰性、後頚部に凝り感がある。左側屈痛は陰性、右側頚部に引っ張られる感じが発生し、可動域が若干狭い。右側屈痛は陰性、左側頚部に引っ張られる感じは右より強く、可動域が狭いため、左の肩甲骨、肩が連動して挙上する。回旋痛は陰性、右回旋時に左側頚部に引っ張られる感じがある。風池~肩中兪のラインに、C4,5,6レベルで圧痛、硬結(L>R)。肩外兪、肩中兪、肩井の圧痛、硬結(L>R)。及び年齢,整形外科の検査、診断を考慮して、変形性頚椎症による頚~肩の凝りと考えた。
治療・経過 頚肩部の周辺、特に肩甲挙筋、僧帽筋、脊柱起立筋、板状筋などの血流改善による筋緊張の緩和と慢性疲労の回復を目的として施術を行った。
治療体位は伏臥位で、上肢は患者の楽な角度で調節させて、施術を行った。
使用鍼はステンレス製1寸3分2番(40mm-18号)を用いた。取穴は左右の天柱、風池、完骨、五頚、六頚、七頚、肩外兪、膏肓、外関、合谷。深さは1cm-1.5cm、置鍼時間は10~15分程度。上述の施術後に両側の肩中兪にパイオネックス(0.9mm)を貼り付けた。

 

生活指導

パソコン作業、本を読むことなど、長時間の同じ姿勢をすることを避けて下さい。適度な運動、例えば:首、上肢の軽い体操をして下さい(短時間、ゆっくり)

第3回(1月20日)

前回治療後、首、肩の凝り感が軽くなった、首の動きも以前より改善された感じ。楽な状態が1~2日後に元に戻った。
今日は左首、肩の凝り感と首の動きにくい感じがある。頸部自動運動痛はすべて陰性。後屈時の後頸部の凝り感、側屈、回旋時の反対側の筋に引っ張られ、行きにくい感じ。特に左側が強い。治療は前回同様。
第6回(2月17 日)前回治療後、首、肩の楽な状態が2日間ぐらい持続していたがその後また元に戻った。頸部自動運動痛すべて陰性。首の動きが初回時より若干よくなった。前回同様で治療した。治療後、左頸部にまた凝り感が残っているため、下風池に単刺して、凝りが大分軽くなった。

VAS:70  57。

第10回(4月7日)

前回治療後に頚肩の症状が軽くなって、首が動き易くなった。楽な状態が2-3日持続したが、その後徐徐に元に戻った。春休みで1か月ぐらい治療ができなかったため、今日は頚の凝り感が強くて、動きの状態も前回治療前より悪くなった。痛みやシビレがない。検査:頚部自動運動はすべて陰性。後屈時、後頚にこり感がある。側屈、回旋時に反対側の筋が引っ張られる感じがする(L>R)。可動域が狭い。治療はいつもの通りで行った。治療後に頚肩の凝り感が軽くなって、動き、可動域も少し改善されたが 春休み前の状態まで改善できなかった。しばらく治療しなかったので、あまり強刺激しない方が良いと判断して、追鍼しなかった、次回に経過観察をする予定。

考察

本症例は変形性頚椎症による頚~肩凝りと推測した。以下、その理由を述べる。

1.年齢は77歳である。
2.発症は15年前からで、思いあたる原因はなく、慢性発症である。
3.自覚症状は頚肩部の凝り感、頚の動き辛い感じであり、首を動かすと症状を強く感じる
4.頸部自動運動:後屈時に後頚部に凝り感がある。左側屈時に右側頚部が引っ張られる感じがあり、可動域が若干狭い。右側屈時に左側頚部が引っ張られる感じは右より強く、可動域が狭いため、左の肩甲骨、肩は連動して挙上する。右回旋時に左側頚部に引っ張られる感がある。
5.圧痛:風池~肩中兪のラインに、C4,5,6レベルで圧痛、硬結(L>R)、
肩外兪、肩中兪、肩井部の圧痛、硬結(L>R)。
6.整形外科の検査、診断も参考にした。
なお、臨床症状及び発症条件、徒手テスト法から以下の類症疾患を除外した。
1.頚椎、頚髄の腫瘍1) 2) 3)
進行性の痛みはなく、自発痛、夜間痛がなく、四肢の感覚障害、運動麻痺や膀胱,直腸障害はない。
2.頚、肩周囲筋の炎症性疾患4) 5)
発赤、熱感、腫脹がなく、自発痛、夜間痛もない。
3.頚椎症性神経根症6) 7)
上肢の放散痛、痺れ及び運動障害,触覚障害がない、四肢の腱反射の低下,筋力の低下,筋萎縮がない。
4.脊髄症8) 9) 10)
両側性の上肢・下肢の発散痛,痺れ,触覚障害がない。腱反射の亢進,病
的反射がない。巧緻運動障害、歩行障害,膀胱・直腸障害がない。
5.頚椎椎間板ヘルニア11) 12) 13)
上肢の放散痛,痺れ及び運動障害,触覚障害がない。四肢の腱反射の低下,筋力の低下,筋萎縮がない。
6.肩関節疾患14) 15)
肩関節部の痛み,発赤,熱感,腫脹はない。肩関節の運動制限がない。
以上、発症状況,発症部位,診察所見及び除外診断から、本症例を変形性頚椎症による頚~肩の凝りと推測した。
西元は「変形性脊椎症は加齢現象であり、Nathauによれば頚椎における著名な骨棘形成は50歳以上で45%にあるという。また,Pallisによると,たとえ頸部に愁訴のないものでも65歳以上では75%に変形性脊椎症の典型的なX線撮影上の所見があるという(中略)」、「初期症状は肩こり、背部痛、(中略)神経根症状:(中略)脊髄症状:(中略)」と述べている16。

 

以上の臨床情報から、本症の発症機序を以下のように推測した。

1、加齢に伴う退行性変化による頚椎の変形と骨棘形成が基盤にあり、頚、肩周辺の筋が慢性的に機械的な刺激を受けており、血流障害による筋緊張と筋疲労がある。

2、PC作業など長時間同じ姿勢を続けることにより、慢性的な筋の血流障害と筋疲労が起こる。
鍼灸治療を行うと軸索反射が起こるので、血流改善による筋緊張の緩和と疲労の回復が起こり、症状の改善に有効である。したがって、本症例は鍼灸治療の適応疾患であると考えられる。
治療は主に現代鍼灸の頸部、上肢の穴を使った。結果は毎回治療後に症状がしばらく改善した。5,6年前と比べると症状の変わりがあまりなかった。患者は77歳で、年齢的加齢により退行性変性が進行する傾向があるが、症状は悪化していない。治療が1か月空いたら、自覚症状と他覚所見が共に悪化したことを考えると、鍼灸治療は有効であったと考えられる。

 

参考文献

1)富士川恭輔『よく理解できる整形外科診療の実際』p70,75         永井書店2005
2)代田文彦『鍼灸不適応疾患の鑑別と対策』p61            医道の日本社2004
3)出端昭男『開業鍼灸師のための診察法と治療法4頚・上肢痛』p53,54  医道の日本社1990
4)富士川恭輔『よく理解できる整形外科診療の実際』p28-31,32,36    永井書店2005
5)出端昭男『開業鍼灸師のための診察法と治療法4頚・上肢痛』p53    医道の日本社1990
6)富士川恭輔『よく理解できる整形外科診療の実際』p61    永井書店2005
7)出端昭男『開業鍼灸師のための診察法と治療法4頚・上肢痛』p41    医道の日本社1990
8)富士川恭輔『よく理解できる整形外科診療の実際』p60    永井書店2005
9)代田文彦『鍼灸不適応疾患の鑑別と対策』p52,53         医道の日本社2004
10)出端昭男『開業鍼灸師のための診察法と治療法4頚・上肢痛』p49-50  医道の日本社1990
11)富士川恭輔『よく理解できる整形外科診療の実際』p57    永井書店2005
12)代田文彦『鍼灸不適応疾患の鑑別と対策』p33-34,41,45        医道の日本社2004
13)出端昭男『開業鍼灸師のための診察法と治療法4頚・上肢痛』p8    医道の日本社1990
14)富士川恭輔『よく理解できる整形外科診療の実際』p99-117    永井書店2005
15)出端昭男『開業鍼灸師のための診察法と治療法4頚・上肢痛』p49    医道の日本社1990
16)奈良信雄他『第2版臨床医学各論』P162,163          東洋療法学校協会2004